院の外へ誘い出した。玉江橋の畔で、北田に教った通り、訳は憚るが実は今は丸亀を飛び出して無一文、朝から何も食べて無いと無心すると、赤い財布からおずおずと五円札出してくれた。死んだ文吉のことなど一寸立ち話した後、浜子は、短気を出したら損やし、丸亀へ戻って出世して六貫村へ錦を飾って帰らんとあかんしと意見した。順平はそうや、そうやと思うと、急に泣いたろという気持がこみ上げて来てぼろぼろと涙をこぼし、姉やん、出世しまっせ、今の暮しから足を洗うて真面目にやりまっさと、云わなくても良いことまで云っていると、無性に興奮して来て、拳をかため、体を震わせ、うつ向いていた顔をきっとあげると、汚い川水がかすんだ眼にうつった。浜子が小走りに病院の方へ去って了うと、どこからかオイチョカブの北田が現れて来て、高峰お前なかなか味をやるやないか、泣きたん[#「泣きたん」に傍点]があない巧いこと行くて相当なわるやぞと賞めてくれたが、順平はそんなものかなアと思った。その金は直ぐ博打に負けて取られてしまった。
 間もなく、美津子が近々に聟を迎えるという噂を聴いた。翌日、それとなく近所へ容子を探りに行くと本当らしかった。その足で阪大病院へ行った。泣きたんで行けという北田の忠告をまつまでもなく、意見されると、存分に涙が出た。五円貰った。その内一円八十銭で銘酒一本買って、お祝、高峰順平と書いて丸亀へ届けさせ、残りの金を張ると、阿呆に目が出ると愛相をつかされる程目が出た。
 北田と山分けし、北田に見送られて梅田の駅から東京行の汽車に乗った。美津子が聟をとるときいては大阪の土地がまるで怖いもののように思われたのと、一つには、出世しなければならぬという想にせき立てられたのだ。東京には木下がいる筈で、丸亀にいた頃、一度遊びに来いとハガキを貰ったことがあった。
 東京駅に着き、半日掛って漸く荒川放水路近くの木下の住いを探し当てた。弁護士になっているだろうと思ったのに、そこは見るからに貧民窟で、木下は夜になると玉ノ井へ出掛けて焼鳥の屋台店を出しているのだった。木下もやがて四十で、弁護士になることは内心諦めているらしく、彼の売る一本二銭の焼鳥は、ねぎ八分で、もつが二分、酒、ポートワイン、泡盛、ウイスキーなどどこの屋台よりも薄かった。木下は毎夜緻密に儲の勘定をし、儲の四割で暮しを賄い、他の四割は絶対に手をつけぬ積立貯金にし、残
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