あろう。新聞で武田さんの死を知った時、私は一番先きに想い出したのは藤沢さんのことであった。私は藤沢さんを訪ねるとか、手紙を出すかして、共に悲哀を分とうと思ったが、仕事にさまたげられたのと、極度の疲労状態のため、果せなかった。莫迦みたいに一人蒲団にもぐり込んで、ぼんやり武田さんのことを考えていた。特徴のある武田さんの笑い声を耳の奥で聴いていた、少し斜視がかったぎょろりとした武田さんの眼を、胸に泛べていた。
 最も残念だったのは藤沢さんであろうと、書いたが、しかし、それよりも残念だったのは当の武田さん自身であったろう。死に切れなかったろうと思う。不死身の麟太郎といわれていた。武田さんもそれを自信していた。まさか死ぬとは思わなかったであろう。死の直前、あッしまった、こんな筈ではなかったと、われながら不思議であったろう。わけがわからなかったであろう。観念の眼を閉じて、安らかに大往生を遂げたとは思えない。思いたくない。あの面魂だ。剥いでも剥いでも、たやすく芯を見せない玉葱のような強靱さを持っていた人だ。ころっと死んだのだ。嘘のように死んだのだ。武田さんはよくデマを飛ばして喜んでいた。南方に行った
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