を取らないのかと、口惜しがっていた。私は誇張して言えば、毎日の新聞の雑誌広告の中に武田さんの名を見つけようとして、眼を皿にしていた。(これは私一人ではあるまい)そして、見つけたのは「武田麟太郎三月卅一日朝急逝す」
 死んでもいい人間が佃煮にするくらいいるのに、こんな人が死んでしまうなんて、一体どうしたことであろうか。東条英機のような人間が天皇を脅迫するくらいの権力を持ったり、人民を苦しめるだけの効果しかない下手糞な金融非常処置をするような政府が未だに存在していたり、近年はかえすがえすも取り返しのつかぬような痛憤やる方ないことのみが多いが武田さんの死もまた取りかえしのつかぬ想いに私をうろたえさせる許りで、私は暫らく蒲団をかぶって「方丈記」でも読んでいたい。「方丈記」を読みながら、武田さんと一緒に明かした吉原の夜のことでも想いだしていたい。あんな時もあったのだ。(四月五日)



底本:「定本織田作之助全集 第八巻」文泉堂出版
   1976(昭和51)年4月25日発行
   1995(平成7)年3月20日第3版発行
初出:「文芸新風」
   1946(昭和21)年4月
入力:桃沢まり
校正:小林繁雄
2007年4月25日作成
青空文庫作成ファイル:
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