村で十分。焼けない都会なんていうおよそ発展性のない所を見物したってくだらないわよ」
「ご挨拶ね」
「うふふ……。それに、もう帰りの切符三枚買っちゃったの。まごまごしてると、国鉄ゼネに引っ掛ったりして、眼も当てれらない」
「首に繩をつけて、あたしを連れて行こうというのね。負けた。だけど、あとの一枚は……?」
「どうせママのことだから、途中で一風呂浴びてということになるんじゃない……? 誰か連れて行くでしょう」
「ばかね」
「エーヴリ・ナイト!」
「何よ。それ。エーヴ……。歯むき出して!」
「うふふ……。ママのことよ。今でもそう……?」
「ばかッ!」
 応接間で話しているのは、貴子と、東京から来た貴子の友達であろう。やがて話声が聴えなくなった。貴子は二階へ上って行ったようだった。
「侯爵のところだな」
 章三の眼は急に輝いた。昨夜春隆のところへ来ていた陽子!
 十分ばかりして、貴子は章三の寝ている部屋へはいって来た。

      三

「あら。もうお眼覚め……?」
「うん」
 章三は腹這いのまま、手を伸ばして、煙草を取った。
「ライター……?」
 貴子がダンヒルのライターをつけようとして
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