しの強さは、鉱三の青年時代を想わせて、満更でもなかった。難になる家柄の点も、民主主義という言葉が、この際便利だった。
 まず妻を説き、それから陽子を説き伏せに掛ったが、陽子もやはり民主主義を言った。そして、親娘は言い争った。
「民主主義のために闘うというパパが、あたしにいやな人と結婚しろとおっしゃるの……?」
 言い過ぎたと思ったが、陽子はもう家を出る肚をきめていた。父ものっぴきならなかったが、陽子ももうせっぱ詰っていた。
 陽子はたれにも頼らず自活して行くむずかしさを思ったが、そのむずかしさが自分の能力を試すスリルだと、ひそかに家を出て京都へ来たのだ……。
 おそくまでともっている紅屋橋のほとりのしるこ屋の提灯ももう灯が消えて、暗かった。
 三条小橋まで来ると、陽子はうしろからいきなり肩を掴まれた。

      二

 陽子はどきんとした。どんな女でも、深夜の暗い道でいきなり肩を掴まれれば、はっとするだろうが、しかし、陽子は肩を掴まれたということよりも、掴んだ男が章三ではないかという予感の方がどきんと来たのだ。章三をそれほど怖れている自分が、不思議なくらいだった。
 田村をはだしで
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