通った五十男らしいいやがらせを言っているのが、むしろサバサバしたたのしみであり、一杯十円の珈琲の高さが安くなるこの享楽にまさる享楽がほかにあろうか。京都人であった。
セントルイスはめったに満員にならない。だからといってさびれているというわけではないのだ。京都では満員になる喫茶店なぞ殆んどないのである。しかし、たまにセントルイスが満員になることがあっても、彼は席を譲ろうとしない。泰然と落着きはらっている。チェーホフの芝居に出て来る下宿代を払わない老人のように、澄ましこんでいる。
「商談、お待ち合わせにお利用下さい」
という女文字の貼紙の下で、あたかも誰かを待ち合わせているかの如き顔をしているのだが、むろん誰を待ち合わせているのでもない。
しかし、D堂の主人を除けば、その時セントルイスにいたひと達は、まるで申し合わせたように、誰かを待っていた。
マダムの夏子さえも、待っていた。京吉を待っていた。
先斗町の千代若も旦那を待っていた。喫茶店で待ち合わせる旦那は、むろん上旦那ではなかったが、しかし、イロと旦那を兼ねた所謂イロ旦(那)はただの旦那、ただのイロよりもいいにはきまっている。だ
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