口説いたんだよ」
「いやいやねえ……?」
「はい。いやいや口説きました。孕みました。キャッキャッですワ。人妻ですワ。亭主にアコーディオン弾きを持つぐらいの女だから、アコーディオンみたいにすぐ腹のところがふくれやがる」
銀ちゃんがそう言った途端京吉はおやっとパイから手を離した。
四
「だけど、銀ちゃん、それ、本当にあんたの子なの……? 坂……」
野の子じゃないか……と、京吉はうっかり坂野の名を口にしかけたが、あわてて、いえさ、亭主の子かも知れないぜ――と、言い直した。
「余計なお世話だい。女はおれの子だと言ってるんだ。まさか、亭主の子だとは突っ放せまい。おれもグッドモーニングの銀ちゃんだ」
ひょんな所で、グッドモーニングの銀ちゃんを利かせたが、もともと銀ちゃんは京極の盛り場では、本名の元橋で知られた相当な与太者であった。しかし、銀ちゃんは今では元橋という名を捨てて掛っている。与太者としての顔を、敗戦後のどさくさまぎれの世相の中で利かすことをむしろ軽蔑し、わざとグッドモーニングの銀ちゃんなどという安っぽい綽名を作って、自嘲しているのだった。
銀ちゃんにいわせると、与
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