代とちがうところは、照れている状態の効果の損得を、損も得も心得ているという二十代の狡さだ。
そして、春隆はその二十の最後の年齢に達していた。二十九という厄介な歳だ。
春隆が若すぎたように、貴子は年がいきすぎていた。
貴子がもっと若ければ、春隆もこれほどまで照れなかっただろう。姥桜という言葉の魅力も、せいぜい三十三までだ。それ以上は姥桜という言葉は、もう二十代の自尊心にかけても、一応生理的にやり切れない。
春隆は、貴子の歳を、自分では三十二と言っているが、三十五か六だろうと見ていた。ところが、実は貴子は丙午だから、ことし四十一歳である。
春隆の辟易もむりはなかったわけだが、しかし、すっかり辟易していたといっては、言いすぎだろう。
辟易したような顔をしながら、春隆は時計を見ている間、じっと貴子のむっちりした腕を握っていることを、さすがに忘れなかったのだ。
そして、貴子の胸の動悸を冷静に聴いていた――のだから、「見にくい時計ですね」という言葉に「醜い」という意味を含ませたのは、春隆にわずかに残っていた自嘲の精神だろう。
含ませるといえば、貴子の体を胸にもたせかけるまでにはしなかったが、含みはもたせたわけだ。
将棋でいえば、王手はせぬが、攻め味は残して置くという手! 王手を掛ける相手はやがて来るだろう。
陽子だ。
陽子と貴子の魅力の違いを計りながら、
「いい時計ですね」
春隆はわざとソワソワしたように、身を引いた。貴子は何の表情もない顔をしていた。燃えるような視線が、急にケロリと冷めていた。
「この女はおれに来ている」
という春隆のうぬぼれを、ふと錯覚にさせてしまうくらい、冷やかであった。
いわば双方とも申し分のない態度だった。陽子を待っている春隆にとっても、階下にパトロンが待っている貴子にとっても……。
「では、ごゆっくり……」
と、やがて貴子は出て行った。が、何思ったか急にまた引き返して来た。
三
春隆はちょっとあわてた。
貴子のショートパンツは、尻の重みに圧されて、皺をくぼませていたので、起ち上った時は腰のまるみが裸の曲線とそっくりに二つに割れて、ふと滑稽な、しかしなまなましい色気が後姿に揺れていた。
むき出した膝から下も、むっちりと弾んで、若くから体を濡らして男の触感に磨かれて来た女の、アクを洗いとったなめらかな白
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