車に乗ったのだった。
 そして、女への未練と、一刻も早く京都を逃げ出したい気持を、二本の電車線路のように感じているうちに、電車は駅前についた。
 駅前の広場を横切る北山の足は速かった。カラ子はハアハア息をはずませて、チョコチョコついて行った。

      七

 改札口をはいって階段を登ると、狭い通路を繩で仕切った中に、旅行者の群が陰欝な表情を無気力にうかべて、しょぼんとうずくまっていた。誰も立っている者はなかった。
 引揚者だろうか。それとも、汽車がはいるまで、その薄汚い通路で鈍い電燈のあかりを浴びながら、何時間も待たされているただの旅行者だろうか。ひとりひとりは独立の人格を持った人間だが、こうして群をつくっていると、もうそこから漂って来るのは、意志を失った一つの動物的な感覚のようであった。
 人々は彼等の傍を通り抜けながら、ふと優越的な気持が同情に先立つらしく、さげすみの眼をちらと投げて行ったが、北山の眼はそんな旅行者が羨ましい眼付だった。
 何もかも投げ出して、旅行者の中へもぐり込み、どこか見知らぬ土地へ行ってしまいたかった。うずくまっている旅行者の一人と、ふと視線が合った。何だか見覚えのある顔だった。
「…………」
 北山は半泣きの顔に弱々しい微笑をうかべて、何か言いかけようとしたが、その時駅員が前方からやって来た。北山ははっとして顔をそむけると、固い歩き方で通路を抜け、省線のプラットの方へ階段を降りて行った。駅員の服装が警官のそれに見えたのだった。
 女に会うという期待の下へ消していた「おれはスリを働いた」という悔恨の火が、会えずに帰る北山の背中に執拗に迫り、それを振り切って逃げようと焦る行手には、恐怖が怪獣のように立ちはだかり、ペロペロと法律の赤い舌を出しているのだった。
 大阪行きの省線はすぐ来た。高槻で座席があいたので、ぐったりとして坐り、向い側の座席にちょこんと坐っているカラ子を見た途端、
「おやっ!」
 北山ははじめて、カラ子が祇園荘からずっと自分について来ているらしい――と、気がついた。
 吹田を過ぎ、東淀川の駅を過ぎると、やがて南側の車窓に、北野劇場のネオンサインが見え、大阪はもう夜であった。大阪駅前の広場に、闇の娘たちが夕顔の蔓に咲いた夜の花のように、ひっそりとした姿を現わす時刻だ。
 北山は眼の下にアザのある娘がその中にいないだろうかと
前へ 次へ
全111ページ中84ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング