から、D堂の主人にからかわれながら、いつまでも待っていた。
カラ子が祇園荘から尾行して来たスリも、誰かを待っているのか、いらいらしていた。
そのカラ子は勿論京吉を待ちこがれていた。早く来てくれぬと、スリが出てしまう。カラ子は何度も表へ出て、京吉の来そうな方へ遠い視線を送っていた。が、来ない。
「遅いなア。どないしたンやろか」
再びセントルイスへ戻って来たカラ子の心配そうな声をきいた時、一人の若い女がふっと顔を上げた。坂野の細君の芳子であった。
「遅い。本当に遅い。銀ちゃんどうしたんだろう」
と、芳子はつり込まれたように、にわかに不安になって来た。
二
三時に行くと銀ちゃんは言っていたが、もう四時をすぎている。狭い横町にあるだけに、セントルイスの店なかは、ただでさえ早い秋の暮色が、はやひっそりと、しかし何かあわただしく忍び込んでいた。
もしかしたら銀ちゃんは来ないのではないかという心配が、その暮色のように迫り、芳子は、昨夜銀ちゃんのアパートへ転がり込んで行った時の、銀ちゃんの迷惑そうな顔を改めて想い出した。
「あたしが来ては、迷惑なんでしょう……?」
「迷惑じゃないが、困るよ」
「あたしがきらいなんでしょう……?」
「きらいじゃないが、ここにいちゃまずいよ」
「それごらんなさい。きらいなんでしょう」
「…………」
坂野の手前困るんだ――という銀ちゃんの気持は、芳子には判らない。
女というものは、こういう場合、相手が自分を好いているか、きらっているか――という二つのことしか考えず、それ以上のことは考えようとしない。すくなくとも、そんな顔をしている。三時セントルイスで会おうという口実でアパートを追い出されたのは、相手が自分をきらっているせいだ、――という風にひたすら思い込んでしまうのだ。
その証拠に、三時の約束が四時をすぎても来ないではないかと、芳子はもう捨てられた女の顔であった。
もっとも、はじめは銀ちゃんが好きでも何でもなかった。好きで結びついた関係ではない。アルプ・ウイスキーの魔がさした。――というより、酔ったゲップを吐き出すような、まるで冗談まぎれのような結びつきであった。出来心という言葉さえ、大袈裟であろう。ところが、そんな冗談から、もう銀ちゃんが忘れられなくなるという駒が出たのだから、肉体のつながりの不思議さは、われわれの考
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