あるまいと、専らこれにきめ、その晩も二人で二本あけてしまった。
安いのと、口当りがいいので、ガブガブやったのが、いけなかったのだ。ほかのウイスキーではそんなことにもならなかったが、やはりアルプだった。銀ちゃんは前後不覚に酔っぱらい、意識が混濁したまま、坂野の細君と妙な関係になってしまった。細君も女に似ず強かったが、さすがに参っていた。
坂野はむろん疑いもしなかった。昨夜は女房の奴がまた御厄介で――と、へんに律儀に恐縮していた。銀ちゃんは返す言葉もなかった。
細君も悩んだが、しかし、この女は奇妙な女だ。悩んでいるかと思うと、あんなヒロポンマニアとは別れた方がましだと、サバサバしたり、不義の子を孕んだといって泣いたり、あんたの子うむのうれしいわとやに下ったり、ああ、おろしてしまいたい。
と、とりとめがなかったが、昨夜いきなり、置いてくれと、家出して来た。
「そりゃ困るよ、だいいち坂野に知れたら……」
銀ちゃんは少しでも女と一緒にいることを避けたかった。細君が逃げたと判れば、坂野はきっとその報告にやって来るだろう。夜が明けると、銀ちゃんは拝むように、
「どこかへ行っていてくれ」
「どこへ行ったらいいの。行く所ないわ」
「活動でも何でも見て来たらいいだろう。三時にセントルイスで会おう。相談はそれからのことだ」
とにかく、ここにいてはまずいと、無理やり女を追い出した。しかし、三時に会うても何の話があろう。いい思案もうかばぬことは判り切っていたから、会うのが辛かった。
イーチャンが終ると、柱時計を見上げて、五時を指している針を見た時、だから銀ちゃんは軽い後悔と共に、何か諦めた安心感を感じたが、実は時計は故障で停っていたのだ。まだ三時半だった。間に合う。いかねばならない。しかし、もうイーチャン打って、ずるずる時間を延ばすことが、この際のごまかしだった。
無理に京吉をひきとめていると、風のようにふわりと一人の男がはいって来た。あッ。
坂野だった。
八
北(ペー)の風から良い手のつき出した男らしく、京吉はもうイーチャン打つことには十分食指が動いていた。が、セントルイスで待っているカラ子のこともあった。
だから、銀ちゃんにすすめられて、ふと迷っていた。その矢先の坂野の登場であった。
「あ、坂野さん、いいところへ来た」
と、京吉はもっけの幸いの声を
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