、頭を包んだ二人の女が、その女の前でジープを停めて、話し掛けていた。
 写真を撮らせてくれと頼んでいるらしい。女は困って、半泣きの顔で、ノーノーと手を振っている。
 コバルト色の無地のワンピースが清楚に似合う垢ぬけた容姿は、いかにも占領軍の家族が撮りたくなるくらい、美しかったが、しかし足には切れた草履をはいていた。
 図書館や病院で貸してくれるあの冷めし草履だ。その草履のために、写されることをいやがっているのだろうか。
 しかし、京吉は、その女がなぜそんな草履をはいているのだろうと、考える余裕もなかった。
 いや、眼にもはいらなかった。
「あ、陽子だ!」
 と思いがけぬ偶然に足をすくわれていたが、しかし、偶然といえば、その時、陽子が写真をうつされることに気を取られていなかったとしたら、陽子も京吉に気がついていたかも知れない。しかし、偶然は、陽子の視線を京吉から外してしまった。
 そして、更に偶然といえば――偶然というものは続きだすと、切りがないものだから――京吉が陽子の傍へ行こうとした途端、
「おい、君!」
 と、交番所の巡査に呼び停められた。
「何ですかね……?」
「一寸来たまえ! お前も来い!」
 巡査は京吉と靴磨きの娘を、交番所の中へ連れてはいった。
 なぜ呼びとめられたのか、京吉はわけが判らず、むっとして、
「何か用ですか」
「名前は……?」
「矢木沢京吉!」
「年は……?」
「二十三歳」
「職業は……?」
「ルンペン」
「何をして食べとる……?」
「居候」
「その娘は、お前の何だ……?」
「…………」
「なぜ答えぬ」
「お前といわれては、答えられん!」
「ふーむ。その娘は君の何だ……?」
「妹です」
「職業は……?」
「見れば判るでしょう……? 靴磨きです」
 京吉はそう言いながら、陽子の方を見た。陽子は結局写されたらしい。そして、二言、三言、占領軍の家族と言葉をかわしたかと思うと、彼女たちのジープに乗った。
「あ、いけねえ!」
 今のうちに掴まえなくっちゃと、思わずかけ出そうとしたが、
「どこへ行くんだ……?」
 巡査の手はいきなり京吉の腕を掴んだ。
 やがて、陽子を乗せたジープは、交番所の横を軽快な響きを立てて走って行った。


    鳩

      一

 留置場では、釈放されて出て行く者を「鳩」という。
 陽子はチマ子が予言した通り、一晩留置さ
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