り、大学では何を専攻されましたかと訊くと、はあ、線香ですか、好きです。頼りないというより、むしろ滑稽なくらいだった。誰も笑わず、けれど皆びっくりした。私は何故だか気の毒で、暫らく父御さんの顔を見られなかったが、やがて見ると、律義そうなその顔に猛烈な獅子鼻がさびしくのっかっており、そしてまたそれとそっくりの鼻がその人の顔にも野暮ったくくっついているのが、笑いたいほどおかしく分って、私は何ということもなしに憂鬱になり、結婚するものかという気持がますます強くなった。それでもう私はあと口も利かず、陰気な唇をじっと噛み続けたまま、そして見合いは終った。
その時の私の態度と来たら、まるではたの人がはらはらしたくらい、不機嫌そのものであったから、もう私は嫌われたも同然だと、むしろサバサバする気持だったが、暫らくして来た返事は不思議にも気に入ったとのことで、すっかり驚いた。こちらからもすぐ返事して、異存はありませんと、簡単に目出度く、――ああ、恥かしいことだ。考える暇もなくとたんにそんな風に心を決めて、飛びつくように返事して、全く想えば恥かしい。あんな人とは絶対に結婚なんかするものかと、かたく心に決め、はたの人にもいっていたくらいだのに、まるで掌をかえすように――浅ましい。ほんとうに私は焦っていたのだろうか。もしそうなら、いっそう恥かしい。いいえ、そんなことはない。焦ったりなんぞ私はしやしなかった。ただ私は、人に好かれたかった、自分に自信をもちたかった、自分の容貌にさえ己惚れたかったのだ。だから、はじめて見合いして、仲人口を借りていえば、ほんとうに何から何まで気に入りましたといわれれば、私も女だ。いくらかその人を見直す気になり、ぼそんと笑ったときのその人の、びっくりするほど白い歯を想いだし、なんと上品な笑顔だったかと無理に自分に言いきかせて、これあるがために私も救われると、そんな生意気な表現を心に描いたのだった。私はそれまで男の人に好かれた経験はなかった。たとえ仲人口にしろ、何から何まで気に入りましたなんて、言われた経験はなかった。私がその時いくらか心ときめいたとしても、はしたないなぞと言わないでほしい。仲人さんのそのお言葉をきいた晩、更けてから、こっそり寝床で鏡を覗いたからって、嗤わないでほしい。
ところが、何ということだ。その人がお友達に見合いの感想を問われて、語ったことに
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