いているうちに、ひょっくり、別の友達に出くわし、いきなり、金貸してくれと言われるが、無いとも貸せぬともあの人は言えぬ。と、いって、はじめの人に渡すつもりの金ゆえ、すぐよっしゃとはさすがに言えず、しばらくもぐもぐためらっている。が、結局うやむやのうちに借りられてしまうのである。
ところが、はじめのうち誰もそんな事情は知らなかった。わざわざ大阪まで金策に行ったとは想像もつかなかった。だから、待ち呆けくわされてみると、なんだか一杯くわされたような気がするのである。いやとは言えない性格だというところにつけこんで、利用してやろうという気もいくらかあったから、ますます一杯くわされた気持が強いのだ。金貸したろかなどという口癖は、まるでそんな、利用してやろうなどといういやしい気持を見すかしてのことではなかろうかとすら思われたのだ。しかし、やがてあの人にはそんな悪気は些かもないことがわかった。自分で使うよりは友人に使ってもらう方がずっと有意義だという綺麗な気持、いやそれすらも自ら気づいてない、いわば単なる底ぬけのお人よしだからだとわかった。すると、もう誰もみな安心して平気であの人を利用するようになった。ところが、今まで人の顔さえ見れば、金貸したろか金貸したろかと利用されてばかしいたあの人が、やがて、人の顔さえ見れば、金貸してくれ金貸してくれと言うようになった。にたっと笑いながら、金もってへんかと言うのだ。変ったというより、つまりしょっちゅう人に借りられているため、いよいよのっぴきならぬほど金に困って来たと見るべきところだろうが、ともかくこれまで随分馬鹿にし切っていたから、その変り方には皆は驚いた。ことにその笑顔には弱った。これまで散々利用して来たこちらの醜い心を見すかすような笑顔なのだ。だからあれば無論のこと、無くてもいやとは言えないのだ。げんにあの人は無い場合でもよっしゃとひき受けたのである。それを利用して来た手前でも、そんなことは言えぬ。けれど、誰もあの人のような風には出来ぬ。だから、無ければ無いと断る。すると、あの人はにたっと笑ってもう二度とその言葉をくりかえさぬ。あれば貸すんだがと弁解すると、いや、構めへん、構めへんとあっさり言う。しかし、その何気ない言い方が、思いがけなく皆の心につき刺さるのだ。皆は自分たちの醜い心にはじめて思いあたり、もはやあの人の前で頭の上がらぬ想いに
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