のだなと佐伯は胸を痛くした。犬の声はしのび泣くように蚊細かったが、時どきウーウーと濁った声を絞り上げていた。だらんと伸びて、血まみれの腸がはみだしていた。ピクピク動くたびに、ぶらんとした首がそこらじゅう這い廻るようであった。これでもまだ生きて泣いているのかと、佐伯には仔犬の最後のもがきがいじらしかった。佐伯は永いこと感動して眺めていた。仔犬の生きている声はいっかな消えようとせず、必死になってピクピク動いていた。その不死身の強さが佐伯の胸をうった。肺病なんかで簡単に死んでたまるものか、もっとほかに死に方があるんだと奇妙に昂奮して、ふと眼を上げると、アパートの門燈のまわりに深い夜のしずけさがじーんと音を立てて渦まいていた。
 佐伯のいう切っ掛けとはこの時に掴んだものだろうか。
[#地から1字上げ](「文藝」昭和一八年九月号)



底本:「世相・競馬」講談社文芸文庫、講談社
   2004(平成16)年3月10日第1刷発行
底本の親本:「織田作之助全集」講談社
   1970(昭和45)年2月〜10月
初出:「文藝 九月号」
   1943(昭和18)年9月
入力:桃沢まり
校正:門田裕志
2006年3月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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