ない。旅馴れぬ旅行者のように、早く駅前へ出ようとうろうろする許りである。顔見知りもいない。
よしんば知人に会うても、彼もまたキョロキョロと旅行者のような眼をしているのである。
いわば、勝手の違う感じだ。何か大阪に見はなされた感じなのだ。追ん出てしまった古女房が鉱山師か土木建築師の妾に収まって、へんに威勢よく、取りつく島もないくらい幅を利かしているのに出会った感じだと、言ってもよい。勝手にしやがれと、そっぽを向くより致し方がない。しかし、コテコテと白粉をつけていても、ふと鼻の横の小さなホクロを見つけてみれば、やはり昔なつかしい古女房である。
たとえば、この間、大阪も到頭こんな姿になり果てたのかと、いやらしい想いをしながら、夜の闇市場で道に迷っている時、ふと片隅の暗がりで、蛍を売っているのを見た。二匹で五円、闇市場の中では靴みがきに次ぐけちくさい商内《あきない》だが、しかし、暗がりの中であえかに瞬いている青い光の暈のまわりに、夜のしずけさがしのび寄っているのを見た途端、私はそこだけが闇市場の喧騒からぽつりと離れて、そこだけが薄汚い、ややこしい闇市場の中で、唯一の美しさ――まるで忘れら
前へ
次へ
全15ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング