はなめていると、ふっと紫蘇の香が漂うて、遠い郷愁のようだった。
 紫蘇入りの飴には想出がある。京都の高等学校へはいった年のある秋の夜、私ははじめて宮川町の廓で一夜を明かした。十二時過ぎから行くと三円五十銭で泊れると聴いたので、夜更けの京極や四条通をうろうろして時間を過し、十二時になってから南座の横の川添いの暗い横丁へ折れて行った。暗い道を一丁行き、左へ五六間折れると、もうそこは宮川町の路地で、赤いハンドバッグをかかえた妓がペタペタと無気力な草履の音を立てて青楼の中へはいって行くのを見た途端、私はよほど引き返そうと思ったが、もうその時には私の黒マントの端が、
「貫一つぁん、お上りやす」
 と掴まれていた。高等学校の生徒だから金色夜叉の主人公の名で呼んだのであろうと思いながら、私はズルズルと引き上げられた。
「お馴染みはんは……?」
「ない」
「ほな、任しとくれやすか」
「うん」
 私は乾いた声で言って、塩の味のする茶を飲んだ。
「ほな、おとなしい、若いええ妓《こ》呼んで来まっさかい、お部屋で待っとくれやすか」
「うん」
 通されたのは三階の、加茂川に面した狭い三畳の薄汚い部屋だった。鈍い
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