草も売っているが、飴屋であった。間口のだだっ広いその店の屋根には「何でも五割安」という看板が掛っていて、「五割安」という名前の方が通っていた。夏は冷やし飴も売り、冬は※[#「飮のへん+稻のつくり」、第4水準2−92−68]巻きを焼いて売っていたが、飴がこの店の名物になっていて、早朝から夜更くまで売れたので、店の戸を閉める暇がなく、千日前で徹夜をしているたった一軒の店であった。
「千日堂」でも殺された娘の噂をしていた。
「毎日飴買いに来てました。いや、きっとあの娘はんに違いおまへん」
買って来た飴をしゃぶりながら、安宿の煎餅蒲団にくるまって、レヴュのプログラムを眺めていたのかと、私は不憫に思った。
その「五割安」の飴は、私も子供の頃買ったことがある。その頃千日前で尾上松之助の活動写真を上映しているのは、「千日堂」の向いの常盤座であった。上町に住んでいた私は、常盤座の番組の変り目の日が来ると、そわそわと源聖寺《げんしょうじ》坂を降りて、西横堀川に架った末広橋を渡り、黒門市場を抜けて千日前へかけつけると、まず「千日堂」で二銭の紫蘇《しそ》入りの飴を買うてから常盤座へはいるのだった。その飴はなめていると、ふっと紫蘇の香が漂うて、遠い郷愁のようだった。
紫蘇入りの飴には想出がある。京都の高等学校へはいった年のある秋の夜、私ははじめて宮川町の廓で一夜を明かした。十二時過ぎから行くと三円五十銭で泊れると聴いたので、夜更けの京極や四条通をうろうろして時間を過し、十二時になってから南座の横の川添いの暗い横丁へ折れて行った。暗い道を一丁行き、左へ五六間折れると、もうそこは宮川町の路地で、赤いハンドバッグをかかえた妓がペタペタと無気力な草履の音を立てて青楼の中へはいって行くのを見た途端、私はよほど引き返そうと思ったが、もうその時には私の黒マントの端が、
「貫一つぁん、お上りやす」
と掴まれていた。高等学校の生徒だから金色夜叉の主人公の名で呼んだのであろうと思いながら、私はズルズルと引き上げられた。
「お馴染みはんは……?」
「ない」
「ほな、任しとくれやすか」
「うん」
私は乾いた声で言って、塩の味のする茶を飲んだ。
「ほな、おとなしい、若いええ妓《こ》呼んで来まっさかい、お部屋で待っとくれやすか」
「うん」
通されたのは三階の、加茂川に面した狭い三畳の薄汚い部屋だった。鈍い裸電燈が薄暗くともっている。
「ここでねンねして、待ってとくれやす。直きお出《い》やすさかい」
垢だらけの白い敷蒲団の上に赤い模様の掛蒲団が、ぺったりと薄く汚くのっていた。まるで自動車にひかれた猫の死骸のような寝床であった。
「うん」
答えたものの、さすがにその中へはいる気はせず、私は川に面した廊下へ出て、煙草を吸いながら、妓《おんな》の来るのを待った。
そこからは加茂川の河原が見え、靄に包まれた四条通の灯がぼうっと霞んで、にわかに夜が更けたらしい遠い眺めだった。私はやがて汚れて行く自分への悔恨と郷愁に胸を温めながら、寒い川風に吹かれて、いつまでも突っ立っていた。京阪電車のヘッドライトが眼の前を走って行った。その時、階段を上って来る跫音が聴えた。
「おおけに、お待っ遠さんどした。カオルはんどす」
という声に振り向くと、色の蒼白い小柄な妓が急いで階段を上って来たのであろう、ハアハア息を弾ませて、中腰のまま、
「おおけに……」
と頭を下げた。すえたような安白粉の匂いがプンとした。
「まア、廊下イ出とういやしたんだか。寒おっせ。はよ閉めて、おはいりやすな」
そして、「――ほな、ごゆっくり……」と遣手が下へ降りると、妓はぼそんと廊下へ来て私の傍へ並んで立つと、袂の中から飴玉を一つ取り出して、黙って私の掌へのせた。
「なんだ、これ。――ああ飴か」
「昼間京極で買うたんどっせ」
「京極へ活動見に行ったの?」
「ううん」
と、細い首を振って、
「飴買いに行ったんどっせ」
「飴買いに……? 飴だけ買うたの? あはは……」
ふっと安心できる風情だった。放蕩の悔恨は消え、幼な心に温まって、私はその飴玉を口に入れた。紫蘇の味がした。
「おや、こりゃ紫蘇入りだね」
「美味《おいし》おっしゃろ?」
妓はすり寄って来た。私はいきなり抱き寄せて、妓の口へ飴を移した。
……川の音で眼を覚した。ふと傍を見ると、妓はまだ眠れぬらしく、飴をしゃぶりながら婦人雑誌の口絵を見ていた。
「君は飴が好きだね」
「好きどっせ。こんどお出やす時、飴持って来とおくれやすか」
「うん。持って来る」
そう言ったが、私はそれ切りその妓に会わなかった。――
大阪劇場の裏で殺されていた娘が「千日堂」へ飴を買いに来たと聴いた時、私はその妓のことを想い出したのである。
妓の肢は痩せて色が浅黒かった。殺され
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