すっかり悄気てしまい、自尊心の坐りどころを失っていた時だった。道を歩いていても、すれ違う人のすべてが自分を嘲笑しているように思えた。質屋の暖簾が見えるところまで来ると誰か見てへんやろかと、もう警戒の眼を光らせた。
(お前の母親はお前の学資を苦面するために、この暖簾をくぐったのだぞ)そう自分に言い聴かせて、はじめて暖簾をくぐることが出来た。それでも質屋の子供かなんぞのような顔をつくろってはいった。質屋の丁稚は、
「野瀬はんとこがすばしこい商売をやらはんので、わての方は上ったりですわ。わてらは流して貰わな商売にならへんのに、あんたとこが流れをくい止めはんねん。まるで堤みたいや」とこんなことを早熟た口で言った。なお、
「あんたところはぼろいことしはって、良家《ええし》やのに、坊《ぼ》ん坊《ぼ》んがこんな使いせんでもよろしおまっしゃろ」
 豹一はむっと腹を立てた。ただ、丁稚が主に安二郎の悪口を言ってみるのだという理由で、僅に食って掛るのを思い止った。蔵から品物が出されて来るのを待っている間、ちらとそこの娘が顔を出し、丁稚を叱りつけるような物の言い方をして、尻を振りながらすっとはいって行った。豹
前へ 次へ
全333ページ中57ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング