ていた。想い出すたびに、ぎゃあーと腹の底から唸り声が出て来るのだ。しかし、紀代子が自分から去ったかと考えると、否応なしにそこへ突き当らざるを得ない。
(あのために俺は嫌われたのだ)
しかし、序でに言えば、紀代子はその時真赧になって半泣きの表情を泛べていた豹一の顔ほど、可愛いと思ったことはなかった。従兄と結婚してからも、この時の豹一の顔だけは想い出した位である。
つまり、紀代子は卒業の、即ち結婚の日が迫って来たのだった。正式の結納品が部屋に飾られたのを見た途端、紀代子はまるであっさりと心が変ってしまった。もともと彼女は、年齢よりも老けた気持をもっており、同級生の中でもいちばん早く結婚するのを誇りにしていたのだった。言わば、それが彼女の美貌を証拠だてるというわけである。豹一の魅力を以てしても、結婚を迎える胸騒がしい彼女の気持に打ち勝つことは出来なかった。それに、もともと豹一にはたった一つの魅力が欠けていた。つまり、「手一つ握り合わなかった清い仲」だったのである。
紀代子が結婚をするため自分と会わなくなったのだと知ると、豹一はついぞこれまで経験しなかった妙な気持になった。狂暴に空へ向っ
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