配だけは免れた。紀代子の日頃の勝気そうな顔は頬紅をつけているので、今日はいくらか間が抜けて見えたのである。(俺はなんという不調法な男だろう)豹一は自嘲していたが、この不調法という言葉が気に入って、やや救われた。しかし彼はそんな心配をする必要もなかったのだ。紀代子は口をひらけば必ず傲慢な、憎たらしいことを言う豹一よりも、おずすおずと黙っている豹一の方が好きなのである。一つには、彼女は苦しいほど幸福といっても良い気持をもて余して、豹一に口を利かす余裕も与えないくらい、ひとりで喋り出したからである。
 文学趣味のある紀代子は、歯の浮くような言葉ばかり使った。豹一が意味を了解しかねるような言葉や、季節外れの花の名も紀代子の口から飛び出した。もし豹一が紀代子の使う言葉の意味が分らない自分を恥しく思い、俺は何と無学だろうと自分に腹を立てているのでなければ、もう少しで欠伸が出るところだった。
(中学生の俺よりも女学生の紀代子の方がむずかしいことを知っているのは、中学校の教育が悪いからだ)
 紀代子がもし聴いたらうんざりするような、そんな無味乾燥なことを考えながら、豹一は退屈をこらえていた。
 紀代子
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