が言うと、豹一は、
「…………」赧い顔をした。そんな朝の豹一が多鶴子にはたまらなく可愛いと思ったが、じつは豹一はその「遊ぼうね」という媚を含んだ言葉でやはり辛い嫉妬をそそられていたのだった。
 多鶴子が顔を見せないので、佐古は周章てて多鶴子の家へ飛んで来た。多鶴子は豹一と芝居を見に行って居り、留守だった。佐古は役目柄辛抱強く待った。夜おそくやっと帰って来たのを掴えて、佐古は、
「休むなら前もって言うてくれはらんと困りまんな。芝居とちごてあんたの役は代役がききまへんよってな」と、言った。
「あら、すみません」
「そない、あら、すみませんテあっさり言われたら困りまっせ。いったい来てくれはるんでっか、くれはれしまへんのか、どっちだんねん?」
「すみませんが、やめさせていただきます」
「えっ?」佐古は「げっ」と聴えるような声を出した。
「私、これでも随分辛抱したもんですわ。最初の一晩でじつはやめさせていただきたかったんです」それは約束がちがうという佐古の顔へ、多鶴子はにやりと微笑を投げかけて、「……いいえ、最初の二晩で、……」と、言った。
 佐古ははっとした。多鶴子は続けて、
「あの晩あんなこ
前へ 次へ
全333ページ中302ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング