は、かえって黙っていることによってはじめて実を結んだ。
 だが、さすがに豹一は余り黙っているので、いつまでもついて歩いているのは浅ましいことだと、思った。豹一は多鶴子の顔を非常に美しいと、意識しながら、
「僕ここらで失礼します」と、言った。そして、だしぬけに傍を離れてしまった。
 そんな風にいきなり立ち去ろうとした豹一を見て、多鶴子ははじめてわれにかえった。
「あ、毛利さん」呼び止めて、「今夜『オリンピア』へ来て下さらない?」と、言った。
 そして、豹一の方へ二、三歩駆寄った。
 寒い風が日のかげった舗道に吹いた。
 豹一は、
「ええ」と、声をあげた。そして別れた。

    第三章

      一

 佐古の顔を見なければならぬかと思うと、多鶴子はもう「オリンピア」へ行く気がしなかった。しかしはっきりとそう言う名はついていないが、前借乃至契約金に似た金を貰っている以上、いきなり廃めてしまうわけにはいかなかった。人気稼業をしていただけに、契約の重んずべきことは判りすぎるほど知っていた。どうしようかと、多鶴子は朝から思案していたのである。
 ところが、豹一に「今夜『オリンピア』へ来て下
前へ 次へ
全333ページ中285ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング