どうぞ!」多鶴子に言われて、豹一は、赧くなりながら、向いあった席に腰を下した。
テーブルに両手をついた時、豹一ははっとした。掌に黒い墨のようなものがついていたのだ。はっと手をひっ込めた拍子に、(鉛筆の粉で汚れたのだな)と、思った。つまり、夢中になって多鶴子の尾行記を書いた証拠なのだ。豹一は顔もようあげず、痛い気持でしきりに掌をズボンの膝でこすっていた。
何を飲むかときかれたので、豹一は珈琲だと答えた。多鶴子はボーイを呼んで、
「お珈琲にお菓子、……それから、私はクリーム、……クリームはなに……?」
「ヴァニラだけでございます」
ボーイが言った。
「それでいいわ」注文し終ると、多鶴子ははじめてゆっくりと豹一を観察した。
そして驚いた。はいって来た時の、おかしいほど真赤になったとはてんでちがって、いま豹一はいくらか蒼ざめた顔にむっとした表情をうかべていた。じろりと多鶴子を見あげた。その眼の色に、かすかな敵愾心さえあった。(なんという表情の変り易い男だろう)多鶴子はあきれてしまった。
実は、なにごとにつけてもけちをつけたがる豹一の厄介な精神は、全く莫迦げたことだが、この時も多鶴子が
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