以てしてはじめて出来る芸当であった。たとえば村口多鶴子を「招聘」したことなどがそれである。歌人だとか女優くずれだとか、有名人をキャバレエに「招聘」するのは、宣伝としてはもはや常識になってしまっていることながら、村口多鶴子の場合だけは、業者もあっと驚いた。さすが佐古だと、その図太さには歯の立たぬ感じであった。
問題の女優として宣伝されていたそのポスター価値を考えてみれば、なるほど一応は思いつけぬこともなかったが、しかしそれだけに一層なにか手の出せぬ感じだった。佐古めやりくさったとは、所詮あとの嘆きだった。一日の報酬何百円だと、そんな金ずくめの話なら、二の足も踏まなかったが、ともかく法廷にも立ち女優もやめねばならないほどの罪を犯した女ではないか。監督との醜関係の後始末を闇に葬ったと、まだ世間の記憶には血なまぐさかった。無罪にはなったというものの、やはり当分は世間へ出ることは憚るべき身である。事実機敏な映画会社でも彼女を引っこ抜くのは、もう少しあとでと思っていたくらいである。そんな村口多鶴子を引っ張り出そうとは、だから抜目のない業者もさすがに憚ったのだ。それを佐古は平気でやったのだ。いまい
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