同じクラスの者に見つけられた。豹一は瞬間緊張して、桑部の眼の色の中に効果を計算しようとした。ところが桑部は自転車の上から、ちらっとお駒と豹一を見並べて、にやりと薄笑いを泛べて通り過ぎてしまった。少しも羨望らしい表情はなかった。桑部は自転車に乗っていたから、案外軽い気持で、二人の顔が見られたのである。呼鈴を鳴らして走って行った桑部のうしろ姿を見て、豹一は桑部はたしかに俺を嘲笑したと思った。
(お駒の顔を見て、なんだあんな女という眼をしやがった!)
豹一はお駒の横顔をじろりと見た。そんな瞬間どんな女でも器量が下って見えるのである。お駒は美しい方だったが、鎰《かぎ》屋の二階で三高生にじろじろ見られている時ほどの美しさは、いま豹一には見えなかった。それにエプロンを外すと、お太鼓の帯も妙にぺったりして、模様の金魚もなにか貧弱だ。かんかんと照っている陽《ひ》が鼻の横の白粉を脂にして浮かせていた。おまけにじっと豹一に横顔を瞶められたので、嬉しさの余り醜いまでにどぎまぎして赧くなっていた。豹一はお駒を醜いと思い込んでしまった。応援団員たちが熱中しているという肝腎のことは咄嗟に泛ばなかった。桑部の視線ばかりが気になっていたのである。それに彼は、はじめて赤井と鎰《かぎ》屋へ行った晩の、お駒の表情や仕草に良い印象をうけていなかったのだ。
(こんな醜い女と歩いているのが、どうやら俺らしいではないか!)
そう思うと、豹一は一ぺんにお駒と歩くのがいやになった。しかし、そういう散歩はずるずると夏休み前まで続いた。案外気の弱い男だったから、むげにお駒をしりぞけることが出来なかったのである。
二学期が来て、高等学校の生徒がそろそろ鎰屋へ顔を見せる頃になっても、豹一の姿だけが現れないとさすがに分ると、お駒はぽかんとしてしまった。自分の顔がだんだん醜い表情を取り出したので、あわてて化粧をしたりした。
(男というものは二《ふた》月も会わないでいると、もうそのひとを忘れてしまうのだろうか?)こんなことを慰めみたいに考えた。が、豹一のことはなぜか恨む気持になれなかった。(あの人は前途ある高等学校の学生さんだもの、私らを相手にしないのは当り前だ)
妙なところで、豹一は三高であることが役立ったのである。豹一は二ヵ月の休暇を利用して、やっとお駒と離れてしまったということに、少し自責めいたものを感じていた。お
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