…私そんなに自分の人気のことばかし考えているのでしょうか。……たとえば、矢野さんのことにしろ、皆様は、村口は良い役をつけてもらいたさに、矢野に貞操を与えたなんて、ひどいことをおっしゃいますが、私そんな気で矢野さんとお交際したのでしょうか。人気のために、自分の人気のために、自分を殺したのでしょうか? ……違いますわ。なるほど、矢野さんは私の恩人です。しかし恋愛とそれとは違います。いくら恩人だからって、矢野さんが好きでなければ、私あんな風なお交際はしませんわ。私、ただ、矢野さんが好きだっただけです。それだけです。だからこそ、あのこと[#「あのこと」に傍点]にしろ、矢野さんがそうしろとおっしゃったときその通りにしたのです。好きな人の言うことだから、そうしたのです。それを皆様は、なにもかも人気のためだと、お片づけになるのですわ。色眼鏡でごらんになるのですわ。あなたもきっとそうでしょうね?」
 そう言って、彼女はふっと「寂しい微笑」を泛べた。途端に、彼女はその微笑が意識的なものであると気づいて、いやになった。習慣というものは怖しいものだと、思った。彼女は無意識にクローズ・アップの表情をとっていたのである。
(しかし、私の言ってることは嘘じゃない)彼女はそう思った。(少くとも私は自分の人気よりも矢野さんを愛していた)
 咄嗟にそう信ずることが出来た。永い間、自分に言いきかせて来たから、もはや、それ以外の考え方が出来なかったのだ。いわば、彼女の固着観念になっているのであった。
 しかし、この固着観念を人前ではっきり述べるのは、いまがはじめてだった。彼女はこんなところでそれを言いたくないと、思った。「世間の眼」へのはじめての抗議を、こんな喫茶店のなかでしたくなかった。ことに相手は、新聞記者という点を勘定にいれるにしても、ともかく子供すぎるほど若い男なのだ。
 しかし、多鶴子は豹一がびっくりした表情で熱心にきいてくれているらしいのを見て、いくらか張りあいがあると思った。たしかに豹一は、多鶴子の言葉に心を惹かれていた。自分の「批判」が辛辣であっただけに、一層彼女の言葉を信ずる気持が強かった。(土門なんかの言葉があてになるもんか!)と思った。
 多鶴子は人なかだという点を考慮して、声を低めねばならなかった。感情がたかまっているのに、声を低めねばならないということは、自分の悲しさを一層深め
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