なかった。なぜなら、赤井や野崎のそんな気障っぽさはまるで腹の中ではしゃぎまわっているような、気障っぽさであったから……いうならば、多鶴子のそれのようにつんと乙にすまし込んだ気障っぽさではなかったからである。
そんな風にけちをつけたがるところ、つまり豹一は量見がせまいというのではなかろうか。たぶん、それに違いはあるまい。もともとの性質がそうなのだから致方のないところだが、ひとつには、彼には物ごとに対するはっきりした意見、つまり人生観だとか思想だとかいうようなものが欠けていたせいでもある。だから、このようにこせこせした意見だけを小出ししているわけだった。衝動的にしか物ごとが考えられず、従って行動出来ず、自尊心の振幅が彼を動かしていたわけであった。
多鶴子はそんな豹一の表情を見ると、いきなり昨夜の彼の無礼を想い出した。そして、わざわざ彼を電話で呼び出す気になったわけがはっきりとして来た。
全く、彼女はなんのために再び豹一に会う気になったのか、はっきりわからなかったのである。むろん、昨夜あんな風にされたままでは済まぬという気持はひそかにあった。が、それだけの理由で、彼に会うとは、余りにはしたないことではなかろうか。たかが相手はとるに足らぬ駈出し記者ではないか。そう思うと、電話を掛けたことを軽はずみだと後悔する気持が強かった。ぽっと顔を赧らめてはいって来た豹一を見ると、ますます気持が強くなった。つまり、豹一に対してなんらかの意味で惹きつけられて了うのが許しがたいほど恥しく思えたのである。
だから、いま豹一がそんな可愛げのない表情を見せてくれることは、彼女にとっては、むしろサバサバするようなものであった。
(そうだ! 私は昨夜のこの男の無礼に黙っておれず、わざわざ会うことにしたのだ!)そう意味がつくと、はしたないとか、軽はずみという後悔がなくなった。彼女は睫毛の長い眼をじっと豹一に注いだ。そして、どんな文句を浴びせ掛けてやろうかと、思案した。
ふと彼女は、女らしい敏感さで、豹一のオーバーの疲れに眼がついた。まるで可哀相なほど皺がよっている。おまけに、既製品だと見えて、身に合わずぶくぶくなのだ。なお、仔細に見れば、洋服は冬物ではないらしい。ネクタイだって、みじめなものだった。昨夜と同じ柄だが昨夜より皺が多い。
「そのオーバーどなたのお見立て……?」いきなりそう訊いてやろ
前へ
次へ
全167ページ中136ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング