まで書き綴って来た原稿用紙を破ってしまった。そして、新しいザラ紙に「1」と番号をつけた。
 やがて、豹一は土門に刺戟された辛辣な文章で書きはじめた。「止」と終止符号を書いたのはもう正午近かった。豹一は原稿を読みながら、編輯室を横切って、編輯長のところへ持って行った。そして、出て来ると、給仕が寄って来て、
「あんた、昨夜『オリンピア』へ行きはりましたか?」と、訊いた。そうだとうなずくと、給仕は、
「そんなら、あんたに電話が掛ってますわ」小莫迦にした口調で言った。
 豹一の名はわからなかったから、昨夜「オリンピア」へ来た人を呼んでくれと、掛けて来たのは村口多鶴子だった。
 電話口へ出て、それと知ると、豹一は周章てた。それでなくとも、豹一はこれまで電話というものを使った経験が余りなく、ことに社でははじめてである。豹一は真赤になって、はあ、はあと下手な返辞ばかりしていた。
「昨夜は大変失礼しました」声で豹一だとわかると、多鶴子はそう言った。
「はあ」失礼したのは自分の方ではなかったかと、豹一はふと昨夜帰りぎわに見た多鶴子の哀願的な表情を想い出した。
「あのう、ちょっとお話したいことがありますの。いま、お手すきでしょうか」
「はあ」
「では、会っていただけます?」
「はあ」
「心斎橋の不二屋でお待ちしていますわ」
「はあ」
「すぐ来ていただけます?」
「はあ。不二屋ですね」豹一はびっしょり汗をかいていた。断り切れなかった。
 いま、彼女のことを散々にこきおろした記事を書いたばかりではないか。豹一はすっかり恐縮していた。もともと彼女には反感をもっていた筈だった。ことに、土門の話をきいただけに一層その反感に油が注がれている筈だ。だから、むやみに恐縮するのは変な話だったが、その反感をすっかり文章に出してしまったいま、無理にその反感に頼ろうにも、効果は少かった。それに面と向っての話ではないだけに、いつもなら、その美しい顔から受ける冷たい感じに反感を覚えることもなかったわけだ。ひとつには、多鶴子の電話を通した声は例の重みのあるしわがれた響きがなく、案外に透き通った優しい響を伝えていたのである。
 電話機を掛けると、豹一はオーバーをひっ掛けながら、社を飛び出した。
 不二屋へはいって行くと、多鶴子はさきに来ていて、手袋をはめた指を一本あげて豹一に合図した。
「お呼び立てしまして……さあ、
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