豹一を家に伴って来たことを、軽はずみだったと、はじめて後悔した。
女中はひそかに心を寄せた男をそんな風に言われたので、ふと悲しくなった。が、さすがに敏感に、多鶴子の怒りを察して、それに順応した。
「ほんとにそうですわね。あんな新聞記者! それになんですわ。生意気すぎますわ。挨拶もせずに帰って行ったりして……」
女中は、豹一が多鶴子に挨拶をして帰ったのか、挨拶もせずに帰ったのか、知らなかった。だから、この言葉は彼女自身のことを言ったに過ぎなかった。ところが、全く多鶴子にとっては、豹一は「挨拶もせずに帰って行ったりして」しまったのである。いや、それどころか、彼女の引止めるのも振り切って帰ってしまったのである。(何か腹の立つことがあったのだろうか?)
考えてみて、なかった。まさか、女中の赤い手を見たのが原因だったとは、気づく筈もなかった。原因がないとすれば、多鶴子にとって全くこれ以上に自尊心を傷つけられることはなかったわけである。しかも、肝腎の新聞記事に就て一言も触れぬさきに帰られてしまったことは、かえすがえす立つ瀬がなかった。
女中の言葉は、だから、多鶴子には余程痛かった。が、多鶴子はふと、さっき女中が変な眼付で豹一をうっとり眺めていたのを想い出した。それで、多鶴子はちょっと慰まった。
(この娘《こ》、嘘を言ってるわ。あの新聞記者に惚れてるのに、あんなことを言ってる! ……そうだ。あの新聞記者は丁度この娘が恋人になるのに適しいような男なんだわ!)多鶴子はそう思って、豹一をさげすむことにした。
(あんな男を相手に腹を立てるのは、いっそ恥しいことだわ!)
(つまり、あの男の相手は女中だけで結構)
自分の心に無理にそう言いきかす必要があるほど、豹一のことが頭にこびりついて離れなかったのである。
彼女は、このままで済ませぬと思った。だから、彼女は翌日豹一の社へ電話を掛けるという軽はずみなことを、全く思い掛けずやってしまったのである。
六
夕刊第一版の原稿〆切は正午だった。
昨夜の疲れですっかり寝すごしてしまった豹一が出社したのは、もう十一時近かった。豹一は尾行記の原稿を〆切時間に間に合わせるため、大急ぎで4B《しびー》[#「4B」は縦中横]の鉛筆を走らせていた。
鉛筆の芯が折れた。
「給仕《こども》! 鉛筆だ!」
普通の時なら、給仕に用事を吩
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