てかんならんことがあるのや。気になってたのや。あのな、おやじを警戒しなはれや。あんたのため思ていうたげてんねんやさかい、よう心得ときなさい」
「ありがとう」多鶴子はひらりと身をひるがえして、元の席へ戻った。
多鶴子には、佐古が言った「おやじ」とは誰のことか咄嗟にわからなかった。が、わかろうともしなかった。警戒すべきは「おやじ」だけではない。どの男だってそうだ。昨夜一晩でうんざりするほど経験させられたのだ。わざわざ呼んでそのような忠告を親切めかす佐古だって警戒すべき一人だと、いえばいえないこともないのだった。そういうことを言われるのも、役目のひとつかと、多鶴子は悲しい心を押えて極めて事務的にきいたまでであった。
しかし、佐古は多鶴子の「ありがとう」という言葉にすっかりのぼせあがっていた。(あの女はおれに感謝してくれとる。あの女は支配人のおれに頼ってくれとる)そう思って、にやにやしていた。佐古のような抜目のない人間でも、いったん女に惚れるとからきしだらしがなくなっていたのである。(ざまあ見てけつかれ!)佐古は心の中でひそかに経営者に向って舌を出した。丁度その時、ボーイがやって来て新聞記者の来訪を伝えた。
「新聞記者?」佐古は眉をひそめた。
新聞記者連には昨日招待状を出し、随分と饗応してやったのだ。おかげで今日の朝刊にはデカデカと村口多鶴子の記事が写真入りだった。宣伝にはなったと、佐古はその効果を一応は喜んだ。しかし、今の佐古としてはなにか人眼のつかないところへ多鶴子をそっとして置きたい気持であった。騒ぎ立てられるのが怖いのだ。多鶴子を張りに来る客はいまはどいつもこいつも恋敵なのだ。もう新聞記者には用はないのだ。佐古は舌打ちした。
「どこの新聞記者や?」そう言いながら、ボーイのもって来た名刺を見た。
東洋新報記者 毛利豹一
毛利豹一という名刺には全然記憶はなかったが、東洋新報という四字を見ると、佐古には思い出されるものがあった。今朝、佐古は多鶴子の記事を読むために、一つ残らず大阪の新聞へ眼を通した。一つだけ、全然多鶴子のことを書いていない新聞があった。それが毎週「オリンピア」の広告を出してやっている東洋新報だと知ると、その時佐古はまだ多鶴子の宣伝に情熱をもっていたから、大いに憤慨して、早速東洋新報の広告部へ電話で抗議したのだった。
その怒りが今もなお佐古の心
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