に心を揺すぶられる想いで、豹一は銀子の顔から眼を離すのが容易でなかった。
ふと傍の土門をうかがうと、土門はなにか狼狽したありさまを見せていた。「おかしい。どうもおかしい!」唸るように土門は言った。顎のあたりが蒼くなっていた。土門はそわそわと東銀子の顔を見ていたが、やがて、なに思ったか、
「帰ろう」と、言い、いきなり席を立って、出口の方へさっさと歩いて行った。豹一は後を追った。
土門は出口のところで、立ち止った。そして振りかえって、舞台をちらと見た。土門の口から溜息のような声が出た。「あかん!」そして豹一の手を引っ張って、弥生座を出た。
六
弥生座を出ると、雪だった。しとしとと落ちて来る牡丹雪を、眩い光が冷たく照らしていた。夜の底が重く落ちて白い風が走っていた。
「寒い、寒い!」土門は動物的な声をだして、小屋の向いにある喫茶店へ飛び込んだ。豹一も随いてはいった。
ストーブで重く湿った空気がいきなり体を取りかこんだ。土門は曇った眼鏡を外した。すると、はれあがった瞼が土門の顔をふしぎに若く見せた。
土門は珈琲を一口啜ると、立ち上ってカウンターの方へ行き、電話を借りた。
「もし、もし、弥生座……?」
どこへ掛けるのかと思っていたら、つい鼻の先の今出て来たばかりの弥生座へ掛けているのだった。いかにも土門らしいと、豹一は思った。
「文芸部の北山君を呼んでくれ。……土門だよ。ツ、チ、カ、ド……東洋新報の……。あ、そう」
喫茶店の隣は銭湯だった。湯道具を前垂に包み、蛇の眼の傘をさした女が暖簾をくぐって出て来た。豹一は窓硝子の曇りを手で拭って、その女の後姿がぼうっと霞んで遠ざかって行くのを、見ていた。
再び土門の大きな声が聴えて来た。相手が電話口へ出たらしかった。
「――挨拶は抜きだ。雪どころの騒ぎか! おいけしからんぞ! 貴様なぜおれに黙ってあの娘に手をつけた? ――誰のことだとはなんだ? いわずと知れた……そうだよ、東銀子だ! 二度も言わすな。――その通り、東銀子だ! ――なに? もう一ぺんいってみろ! よくわかったねとは何ごとだ! 余人は知らず、あの娘に関してはだね、そんじょそこらの桂庵より見る眼はもってるんです。一眼見りゃわかるんだ。温泉場の三助じゃねえが……わかるんです。――ああ、お説の通り、わいはぞっこん参ってまんねん。何がわるい? 貴様も
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