火を掘りおこしていた。戸外では霜の色が薄れて行き、……そんな母親の姿に豹一は幼心にもふと憐みを感じたが、お君は子供の年に似合わぬ同情や感傷など与り知らぬ母だった。
「お君さんは運《かた》が悪うおますな」と、長屋の者が慰めに掛っても、
「仕方おまへん」と、笑って見せた。軽部の死、金助の死と相つづく不幸もどこ吹いた風かといった顔だったから、愚痴の一つも聞いてやり、貰い泣きもさして貰いまひょと期待した長屋の女たちは、何か物足らなかった。
大阪の路地にはたいてい石地蔵が祀《まつ》られていて、毎年八月の末に地蔵|盆《さん》の年中行事が行われたが、お君の住んでいる地蔵路地は名前からして、他所《よそ》の行事に負けられなかった。戸毎に絵行燈をかかげ、狭苦しい路地の中で、近所の男や女が、
――トテテラチンチン、トテテラチン、チンテンホイトコ、イトハトコ、ヨヨイトサッサ、……と踊った。お君は無理して西瓜二十個寄進し、薦められて踊りの仲間にはいった。お君が踊りに加わったため、夜二時までとの警察のお達しが明け方まで忘れられた。
相変らず、銭湯で水を浴びた。肌は娘の頃の艶を増していた。ぬか袋を使うのかと訊かれた。水を浴びてすくっと立っている、眼の覚めるような鮮かな肢態に固唾をのむような嫉妬を感じていた長屋の女が、あるときお君の頸筋を見て、
「まあ、お君さんたら、頸筋に生ぶ毛が一杯……」生えているのに気が付いたのを倖い、大袈裟に言うので、銭湯の帰り、散髪屋へ立ち寄ってあたって貰った。剃刀が冷やりと顔に触れた途端、どきッと戦慄を感じたが、やがてさくさくと皮膚の上を走って行く快い感触に、思わず体が堅くなり、石鹸と化粧料の匂いのしみ込んだ手が顔の筋肉をつまみあげるたびに、体が空を飛び、軽部を想い出した。
そのようなお君に、そこの職人の村田は商売だからという顔をときどき鏡にたしかめて見なければならなかった。しかし、その後月に二回は必ずやって来るお君に、村田は平気で居れず、ある夜、新聞紙に包んだセルの反物を持って路地へやって来て、
「思い切って一張羅イを張りこみましてん。済んまへんが一つ……」縫うてくれと頼むと、そのままぎこちない世間話をしながらいつまでも坐り込み、お君を口説く機会は今だ今だと心に叫んでいたが、そんな彼の肚を知ってか知らずにか、お君は、長願寺の和尚《おっ》さんももう六十一の本卦で
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