らい採りよるかな」馴々しい口調だった。
「さあ、何人ぐらいでしょうな、五、六人、それとも――。数名採用とありましたね」豹一は思わずそんな返事をしていた。
「いくら呉れまっしゃろな? 六十円、それぐらいは貰わな食《く》ていかれへんがな」
「そうですね。六十円ぐらいでしょうね」豹一はそんな無気力な返事をしている自分が情けなかった。
「ほんま言うたら、六十円でもやって行かれしまへんネん。子供《がき》が二人も居よりまんネん。きょう日《び》物が高《たこ》おまっさかいな」
「二人もね」
「ええ、二人もいよりまんネ。もう直き三人ですわ。さっぱりわや[#「わや」に傍点]です。しかし、ここの会社アはえらい家族主義や言いまっさかい、まさか社員が食て行かれんようなことはしまへんやろ。その代り、よう働かしよりまっしゃろな」
「はあ、家族主義ですか?」豹一は自分の返事が野崎に似ていると思い、さすがに苦笑した。長髪の男はぺらぺらと喋り続けながら、神経質に膝をふるわせているのだった。不安な気持を誤魔化すためにこんなに喋っているのだなとふと思った。
 気の抜けた空虚な表情で、ぽかんと呼出しを待っていたが、誰も部屋へ来なかった。
「えらい待たしよりまんな」
 長髪の男がぼやいた[#「ぼやいた」に傍点]ので、豹一ははじめて、活気づいた。
(こんなに待たされるというのはお前らしい運命だぞ!)
 何に向ってか分らぬそんな敵愾心めいたものが出て来て、眠気が消えてしまった。しかも、未だそれより一時間も待たされたので、豹一はすっかり腹を立ててしまった。呼びに来た少女の給仕が豹一の表情を見てびっくりした程であった。
(こんなに腹を立てていては、口頭試問の成績は悪いに決っている)さすがに自分にもそう言い聴かせるぐらいだった。
「お先に」
 長髪の男へそう挨拶して、少女のあとに随いて廊下へ出た。廊下の突き当りの部屋へはいると、七、八人の試験官の眼がいっせいにじろりと来た。
(おおぜい居やがる)ぱっと眼の前が燃えてもう少しでお辞儀をするのを忘れるところだった。周章てて頭を下げ、二、三歩進んだ拍子に椅子に打っ突かってしまった。
(俺らしい失敗《へま》だ)と、もう自分にも腹を立てて、どすんと音を立てて腰掛けた。醜いまでに真赤になっていることが意識された。それが情けなくて、むっとした顔を上げた。その顔を見た途端に一人の試験官
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