、三人は夜が更けるまで京都の町を歩きまわった。その挙句、赤井と野崎は宮川町へ行くことになり、豹一は南座の横の暗い道を折れて、二人を送って行った。真白く化粧した女がぞろりと派手な着物を着て坐っている家の前で、豹一は二人と別れた。女の眼が無気力な笑いを泛べてじろりとこちらを向いた。豹一は南座の前から電車に乗って秀英塾へ帰った。
豹一はその夜のうちに荷物を纒めて朝運送屋へ頼み、午頃「ヴィクター」で赤井と、野崎の二人と落合った。そして、二人に見送られて、四条大橋から京阪電車に乗って、大阪へ帰った。
第三章
一
豹一が学校を止めたと聞いて、
「やめんでもええのに、しゃけど、お前がやめよう思うんやったら、そないしたらええ」と、お君は依然としてお君だったが、しかし、暫く見ないうちに、お君はめっきりやつれていた。眼のまわりが目立って黝んでいた。
未だ三十六だったが、眼のまわりの皺は四十を越えていた。髪の毛は油気もなく、バサバサと乾いていた。仕立物の賃仕事に追われていたのだと、豹一は見るなり思い掛けず涙が落ちた。昨日までうかうかと高等学校の生徒であったことが、われながら不思議なくらいだった。呑気に赤井や野崎と遊び廻っていたことなど遠い昔のようだった。想い出されもしなかった。想い出せば、母親に済まない気持になるところだった。高等学校を止めたということが極く当然のことだったと、今はその気持がすっかり身についてしまった。
高等学校の学資は秀英塾から出ていたから、もう母親は針仕事の必要もないと豹一は思っていたが、そう言う訳には行かなかったのだ。豹一に小遣を送ってやるためだけではない。豹一が中学校へはいった時に、お君は安二郎から金を借りた。借りただけの額は全部渡してしまった筈だのに、安二郎は、
「わいの計算では未だ三百円残ってる。これでもお前のことやから大分利子をまけたってるねんぜ」そしてお君の貰う仕立物の賃をまきあげるのだった。お君は豹一に送るために貯めている金を隠すのに苦労した。
そんな事情がわかると、豹一は、なんと言う夫婦だ、これでも夫婦といえるかと、もう少しで安二郎と別れてしまうように母親を説き伏せるところだった。母親は不平らしい愚痴一つ言わず、「あてはどうでもよろしおま」と言う顔をしているのが、一層あわれだった。しかし、母親と一緒に飛び出して、食べ
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