なったが、応召したのか一年ばかりたって中支から突然暑中見舞の葉書が来たことがある。……
そんな不義理をしていたのだが、しかし寒そうに顫えている横堀の哀れな復員姿を見ると、腹を立てる前に感覚的な同情が先立って、中へ入れたのだ。横堀の身なりを見た途端、もしかしたら浮浪者の仲間にはいって大阪駅あたりで野宿していたのではないかとピンと来て、もはや横堀は放浪小説を書きつづけて来た私の作中人物であった。
茶の間へ上って、電気焜炉のスイッチを入れると、横堀は思わずにじり寄って、垢だらけの手をぶるぶるさせながら焜炉にしがみついた。
「待てよ、今お茶を淹れてやるから」
家人は奥の間で寝ていた。横堀は蝨《しらみ》をわかせていそうだし、起せば家人が嫌がる前に横堀が恐縮するだろう。見栄坊の男だった。だからわざと起さず、紅茶を淹れ、今日搗いて来たばかしの正月の餅を、水屋から出して焜炉の上に乗せ乍ら、
「どうしてた。大阪駅で寝ていたのか。浮浪者の中にはいっていたのか」とはじめて訊くと、案の定へえとうなだれた。
「顔どうしたんだ」
「出入をやりましてん」左の眼を押えて、ふと凄く口を歪めて笑った。大きく笑うと痛
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