のは、脱線であったろう。
 が、とにかく私は笑えばいいと思った。女の生理の悲しさについて深刻に悩むことなぞありゃしない、俺を驚かせた照井静子の奔放な性生活なぞこの女に較べれば、長襦袢の前のしみったれた安パジャマに過ぎないぞ。そう思うことによって、私は静子の肉体への嫉妬から血路を開こうとした。お定を描《か》こうと思った。
 二十四歳の私がお定を描《か》きたいと言うのを聴いて、友人は変な顔をした。
「そりゃよした方がいい。あんまりひどすぎる。高橋お伝ならまだしも……」と真面目に忠告してくれる友人もあった。
 しかし、私は阿部定の公判記録の写しをひそかに探していた。物好きな弁護士が写して相当流布していると聴いたからである。が、幸か不幸か公判記録の持主にめぐり会うことは出来なかった。そして空しく七年が過ぎて殆ど諦めかけていたある日、遂にそれを手に入れることが出来た。雁次郎横丁の天辰の主人がたまたま持っていたのである。

      四

 雁次郎横丁――今はもう跡形もなく焼けてしまっているが、そしてそれだけに一層愛惜を感じ詳しく書きたい気もするのだが、雁次郎横丁は千日前の歌舞伎座の南横を西へは
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