そして暫くじっとしていると、
「どうしたの」白い手が伸びて首に巻きつき、いきなり耳に接吻された。
あとは無我夢中で、一種特別な体臭、濡れたような触感、しびれるような体温、身もだえて転々する奔放な肢体、気の遠くなるような律動。――女というものはいやいや男のされるがままになっているものだと思い込んでいた私は、愚か者であった。日頃慎ましくしていても、こんな場合の女はがらりと変ってしまうものかと、間の抜けた観察を下しながら、しかし私は身も世もあらぬ気持で、
「結婚しようね、結婚しようね」と浅ましい声を出していた。
すると静子は涙を流して、
「駄目よ、そんなこと言っちゃ。あたし結婚出来る体じゃないわ」
そして、自分は神戸でダンサーをしていたときに尼崎の不良青年と関係が出来て、それが今まで続いているし、その後京都の宮川町でダンス芸者をしていた頃は、北野の博奕打の親分を旦那に持ったことがあり、またその時分抱主や遣手《やりて》への義理で、日活の俳優を内緒の客にしたこともあると、意外な話を打ち明けたが、しかしその俳優の名を三人まで挙げている内に、もう静子の顔は女給が活動写真の噂をしている時の軽薄な
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