ると掏られていた。無銭飲食をする気かと袋叩きに会い、這うようにして地下道へ帰り、痛さと空腹と蝨でまんじりともせず、夜が明けると一日中何も食わずにブラブラした。切符を買う元手もなければ売る品物もない。靴磨きをするといっても元手も伝手《つて》も気力もない。ああもう駄目だ、餓死を待とうと、黄昏れて行く西の空をながめた途端……。
七
「……僕のことを想いだして、訪ねて来たわけだな」
「へえ」と横堀は笑いながら頭をかいた。今夜の宿が見つかったのと、餅にありついたので、はじめて元気が出たのであろう。
「電車賃がよくあったね」
「線路を伝うて歩いて来ましてん。六時間掛りました。泊めて貰へんと思いましたけど……」時計が夜中の二時を打った。
「泊めんことがあるものか。莫迦だなア。電車賃のある内にどうしてやって来なかったんだ」
「へえ。済んまへん」
「途中大和川の鉄橋があっただろう」
「おました。しかし、踏み外して落ちたら落ちた時のこっちゃ。いっそのことその方が楽や、一思いに死ねたら極楽や思いましてん」
そんな風に心細いことを言っていたが、翌朝冬の物に添えて二百円やると、
「これだけの元手《もと》があったら、今日び金儲けの道はなんぼでもおます。正月までに五倍にしてみせます」横堀はにわかに生き生きした表情になった。
「ふーん。しかし五倍と聴くと、何だかまた博奕にひっ掛りそうだな。あれはよした方がいいよ。人に聴いたんだが、あれは本当は博奕じゃないんだよ。博奕なら勝ったり負けたりする筈だが、あれは絶対に負ける仕組みだからね。必ず負けると判れば、もう博奕じゃなくて興行か何かだろう。だから検挙して検事局へ廻しても、検事局じゃ賭博罪で起訴出来ないかも知れない、警察が街頭博奕を放任してるのもそのためだと、嘘か本当か知らんが穿ったことを言っていたよ。まアそんなものだから、よした方がいいと思うな」
「いや、今度は大丈夫儲けてみせます」
と、横堀は眼帯をかけながら、あれからいろいろ考えたが、たしかにあの博奕にはサクラがいて、サクラが張った所へ針の先が停ると睨んだ、だから今度はまず誰がサクラと物色して、こいつだなと睨んだらその男と同じ所へ張れば、外れっこはないんだとペラペラ喋って、
「――ま、見てとくなはれ。わても男になって来ま」
そう言ってソワソワと出て行った後姿を二階の窓から見ると
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