なったが、応召したのか一年ばかりたって中支から突然暑中見舞の葉書が来たことがある。……
そんな不義理をしていたのだが、しかし寒そうに顫えている横堀の哀れな復員姿を見ると、腹を立てる前に感覚的な同情が先立って、中へ入れたのだ。横堀の身なりを見た途端、もしかしたら浮浪者の仲間にはいって大阪駅あたりで野宿していたのではないかとピンと来て、もはや横堀は放浪小説を書きつづけて来た私の作中人物であった。
茶の間へ上って、電気焜炉のスイッチを入れると、横堀は思わずにじり寄って、垢だらけの手をぶるぶるさせながら焜炉にしがみついた。
「待てよ、今お茶を淹れてやるから」
家人は奥の間で寝ていた。横堀は蝨《しらみ》をわかせていそうだし、起せば家人が嫌がる前に横堀が恐縮するだろう。見栄坊の男だった。だからわざと起さず、紅茶を淹れ、今日搗いて来たばかしの正月の餅を、水屋から出して焜炉の上に乗せ乍ら、
「どうしてた。大阪駅で寝ていたのか。浮浪者の中にはいっていたのか」とはじめて訊くと、案の定へえとうなだれた。
「顔どうしたんだ」
「出入をやりましてん」左の眼を押えて、ふと凄く口を歪めて笑った。大きく笑うと痛いのであろう。
「出入って、博徒の仲間にはいったのか、女出入か、縄張りか」
それならまだしも浮浪者より気が利いていると思ったが、
「闇屋の天婦羅屋イはいって食べたら、金が足らんちゅうて、袋叩きに会いましてん。なんし、向うは十人位で……」
「ふーん。ひどいことをしやがるな。――おい、餅が焼けた。食べろ」
「へえ。おおけに」
熱い餅を掌の上へ転がしながら、横堀は破れたズボンの上へポロポロ涙を落した。ズボンの膝は血で汚れていた。横堀は背中をまるめたままガツガツと食べはじめた。醜くはれ上った顔は何か狂暴めいていた。
私はそんな横堀の様子にふっと胸が温まったが、じっと見つめているうちに、ふと気がつけば私の眼はもうギラギラ残酷めいていた。横堀の浮浪生活を一篇の小説にまとめ上げようとする作家意識が頭をもたげていたのだ。哀れな旧友をモデルにしようとしている残酷さは、ふといやらしかったが。しかしやがて横堀がポツリポツリ語りだした話を聴いているうちに、私の頭の中には次第に一つの小説が作りあげられて行った。
六
中支からの復員の順位は抽籤できまったが、籤運がよくて一番船で帰ることにな
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