た。
「あかん。今夜中に書いて貰わんと、雑誌が出んですからね。あんたの原稿だけなんだ」
「火野はまだだろう?」
「いや、今着きましたよ」
「丹羽君は……?」
「K君がとって来た。百枚ですよ」
「じゃ、僕のは無くてもいけるだろう。来月にのばしちゃえよ」
「だめ! あんたが書くまで、僕は帰らんからね」
「泊り込みか。ざまア見ろ」
Aさんは笑いながら出て行った。
「書きゃいいんだろう、書きゃア」
武田さんはAさんの背中へ毒づいていたが、やがて机の上にうつ伏したかと思うと、鼾をかき出した。
死んだような寝顔だったが、獣のような鼾だった。
ところが、半時間ばかりたつと、武田さんははっと眼を覚して、きょとんとしていたが、やがて何思ったのか、白紙のままの原稿用紙を二十枚ばかり封筒に入れると、
「さア、行こう」
と、起ち上って出て行った。随いて行くと、校正室へはいるなり、
「出来た!」
と、封筒をAさんに突き出して、
「――出来たらいいんだろう。あとは知らねえよ。エヘヘ……」
不気味に笑っていた。
「どうもお骨折りでした」
Aさんはにこにこして、封筒の中から原稿を取り出そうとした。
途端に武田さんは私の手を引っ張って、エレヴェーターに乗った。
白紙の原稿を見たAさんがあっと驚いた時は、エレヴェーターは動いていた。
「あれ、あれッ!」
Aさんの声はすぐ聴えなくなった。
エレヴェーターを降りると、武田さんはさア逃げようと尻をまくって、はしった。そして、どこをどうはしったか、やっとおでん屋を見つけて、暖簾をくぐると、
「ビール! ビール!」
腰を掛ける前から呶鳴《どな》っていた。
一本のビールは瞬く間だった。
「うめえ、うめえ、これに限る」
二本目のビールを飲み出した途端、Aさんがのそっとはいって来て、ものも言わず武田さんの傍に坐った。
武田さんはぎょっとしたらしかったが、急にあきらめたように起ち上り、
「勘定!」
袂へ手を突っ込んだが、財布が見つからぬらしい。
「――おかしいね。落したのかな」
そう言いながら、だんだん入口の方へ寄って行ったかと思うと、いきなり逃げ出した。
「あッ! こらッ武麟」
Aさんはあわててあとを追った。
私はぽかんとして、二人のあとを見送っていた。暫く待っていたが、二人は帰って来なかった。
それから二週間ばかりして、改造
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