のではない。私には才能なぞない。私ごとき才能のない人間が今日作家として立って行けるのは、文壇のレベルが低いからだ。この国では才能がなくても、運と文壇処世術で大家になれるのだ。才能のないものでも作家になれるのが、この国の文壇だ。だから、私でも作家になることが出来た。私はただ自分の菲才を知っているから、人よりはすくなく寝て、そして人よりは多くの金を作品のために使い、作品がかせぎ出した金は一銭も残そうとしなかっただけだ。私は新円と旧円のきりかえの時、二百円しか金がなかった。今でもそうだ。印税がはいってもすぐなくなってしまう。私は年中貧乏だ。しかし私は貧しい気持にはなりたくない。私は借金してでも私の仕事のためには贅沢な気持でいたい。私がせち辛くなれば、私の仕事もせち辛くなろう。これを私はおそれる。日本は敗戦と共にわびしく貧弱になったが、私は日本とともにわびしく貧弱になることを私の文学のためにおそれる。敗戦と共に小説が下手になったといわれることをおそれる。
 私の今日の文学にもし存在価値があるとすれば、私は文学以外のことでは、すべてを犠牲にしている人間だという点にあるのではないかと思う。私は傲慢
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング