百足!」「おい、豚!」――何をぬかしやがるんや。俺が豚やったら、あいつは、豚もあいつを見たら反吐をはく現糞の悪い奴ちゃ」
ひょうきんな、落語家らしい言い方だったが、言っているうちに、赤井も次第に昂奮して来て、
「白崎はん、あんた蓄音機を撲るんやったら、俺も撲る! さア、行きまひょ。撲りに」
「よし、行こう!」
二人は血相を変えて、隊へ帰って行った。そして、隊長の部屋へ、ものも言わずにはいって行った。
が、隊長はいなかった。
「おい、隊長はどこだッ? 隊長はどこだッ? 蓄音機はどこだッ?」
「蓄音機は司令部へ行ったぜ」
と、若い当番兵が答えた。
「今、司令部から電話掛って来て、あわてて駈けつけて行きやがった。赤鬼みたいに酔っぱらっとったが、出て行く時は青鬼みたいに青うなっとったぜ。どうやら、日本は降伏するらしい。明日の正午に、重大放送があるということだ」
「えっ? 降伏……? 赤鬼が青鬼になった……? ふーん」
白崎は思わず唸ったが、やがて昂奮が静まって来ると、がっくりしたように、
「俺はいつも何々しようとした途端に、必ず際どい所で故障がはいるんだ」
と、呟いた。
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