受け取られたあなたが、すぐ駈けつけて行かれるにしても、荒神口というところへ着かれるのが何時になるか、全然見当がつかないでしょう。それまで駅で待っているというのはなかなか……。せめて何時に待つと時間が書いてあれば、あれでしょうが……」
「私もおかしいなと思ったんですけど、とにかく主人が来いというのですから、子供に晩御飯を食べさせている途中でしたけど、あわてて出て来たんです」
 乱れた裾をふと直していた。
「御主人だということは判ったんですね」
 新吉はふと小説家らしい好奇心を起していた。
「近所の人に見て貰いましたら、これは大阪の中央局から打っているから、行って調べて貰えと教えて下すったので、中央局で調べて貰いましたら、やっぱり主人が打ったらしいんです」
「お宅は……?」
「今里です」
 今里なら中央局から市電で一時間で行けるし、電報でわざわざ呼び寄せなくともと思ったが、しかし、それを訊くのは余りに立ち入ることになるので新吉は黙っていると、女は、
「――ウナで打っているんですけど、市内で七時間も掛ってますから、間に合わないと思いましたが、とにかく探して行こうと思って、いろいろ人にききましたら、荒神口という駅はないが、それならきっと清荒神だろうと言って下すったので、乗って来たんですけど……」
 ほかに荒神口という駅があるのでしょうかと、また念を押すのだった。
「さア、ないと思いますがね」
 と新吉が言っているところへ、大阪行きの電車がはいって来た。
「――ここで待っておられても、恐らく無駄でしょうから……」
 この電車で帰ってはどうかと、新吉はすすめたが、女は心が決らぬらしくもじもじしていた。
 結局乗ったのは、新吉だけだった。動き出した電車の窓から見ると女は新吉が腰を掛けていた場所に坐って、きょとんとした眼を前方へ向けていた。夜が次第に更けて来るというのに、会える当てもなさそうな夫をそうやっていつまでも待っている積りだろうか。諦めて帰る気にもなれないのは、よほど会わねばならぬ用事があるのだろうか。それとも、来いと言う夫の命令に素直に従っているのだろうか。
 電車の中では新吉の向い側に乗っていた二人の男が大声で話していた。
「旧券の時に、市電の回数券を一万冊買うた奴がいるらしい」
「へえ、巧いことを考えよったなア。一冊五円だから、五万円か。今、ちびちび売って行けば、結局
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