塚の佐助どんみたいな、アバタの子を生むがええわい」
と呶鳴った。
その途端、一人の大男が、こそこそと、然しノッポの大股で、境内から姿を消してしまったが、その男はいわずと知れた郷士鷲塚佐太夫のドラ息子の、佐助であった。
佐助は、アバタ面のほかに人一倍強い自惚れを持っていた。
その証拠に、六つの年に疱瘡に罹って以来の、医者も顔をそむけたというおのが容貌を、十九歳の今日まで、ついぞ醜いと思ったことは一度もなく、六尺三寸という化物のような大男に育ちながら、上品典雅のみやび男を気取って、熊手にも似たむくつけき手で、怪しげな歌など書いては、近所の娘に贈り、いたずらに百姓娘をまごつかせていたのである。
ところが、ひとり、庄屋の娘で、楓というのが、歌のたしなみがあって、返歌をしたのが切っ掛けで、やがてねんごろめいて、今宵の氏神詣りにも、佐助は楓を連れ出していたのだ。
それだけに、悪口祭の「佐助どんのアバタ面」云々の一言は一層こたえて、佐助の臓腑をえぐり、思わず逃げたのだが、
「あ、佐助様、どこへ行かれます」
と楓が追いつくと、さすがに風流男の気取りを、佐助はいち早く取り戻して、怪しげな七五調まじりに、
「楓どの、佐助は信州にかくれもなきたわけ者。天下無類の愚か者。それがしは、今日今宵この刻まで、人並、いやせめては月並みの、面相をもった顔で、白昼の往来を、大手振って歩いて来たが、想えば、げすの口の端にも掛るアバタ面! 楓どの。今のあの言葉をお聴きやったか」
「いいえ、聴きませぬ。そのような、げす共の言葉なぞ……」
「聴かざったとあれば、教えて進ぜよう。鷲塚の佐助どんみたいな、アバタ面の子を生むがええわい、と、こう言ったのじゃ。あはは……。想えばげすの口の端に、掛って知った醜さは、南蛮渡来の豚ですら、見れば反吐をば吐き散らし、千曲川岸の河太郎も、頭の皿に手を置いて、これはこれはと呆れもし、鳥居峠の天狗さえ、鼻うごめいて笑うという、この面妖な旗印、六尺豊かの高さに掲げ、臆面もなく白昼を振りかざして痴《こ》けの沙汰。夜のとばりがせめてもに、この醜さを隠しましょうと、色男気取った氏神詣りも、悪口祭の明月に、覗かれ照らされその挙句、星の数ほどあるアバタの穴を、さらけ出してしまったこの恥かしさ、穴あらばはいりもしたが、まさかアバタ穴にもはいれまい。したが隠れ穴はどこにもあろう。さ
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