「皆んな、ダバオの麻山へ働きに行け!」
 太田恭三郎はすすめたが、ダバオはモロ族やバゴボ族以外に住む者のないおそろしい蛮地で、おまけにマラリヤのたちの悪さはベンゲット以上で、医者もいない。ダバオの麻山からベンゲット道路工事の方へ逃げだして来た者もあるくらいだ、そんなところへ誰が命を捨てに行くものかと、誰ひとり応じようとしなかったのを、日本人の医者も連れて行く、味噌も野菜も送ってやる、わるいようには計らぬ故、おれに任せろと太田は説き伏せた。
「このまま餓死すると思えば、ダバオも極楽だぞ」
 言われてみると、なるほど背に腹はかえられず、やがてマニラからぼろ汽船で二十日近く掛ってダバオにつき、遠くの森から聴えて来るバゴボ族の不気味なアゴンの音に肝をひやしながら、やがて麻山で働きだし、暫らくすると、バギオにサンマー・キャピタル(夏の都)がつくられて、ベンゲット道路がダンスに通う米人たちのドライヴ・ウェーに利用されだしたという噂が耳にはいった。
 そんな目的でおれたちの血と汗を絞りとっていたのかと、皆んなは転げまわって口惜しがり、工事が済むといきなりおっぽり出されたことへの怒りも砂を噛む想い
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