一体どないした言うねん?」
「へえ。娘の婿めが、あんた、マニラでころっと逝きよりましてな」
「マニラ……? マニラてねっから聴いたことのない土地やが、何県やねん」
「阿呆なこと言いなはんな」
 ポロポロ涙を落しながら、マニラは比律賓の首府だと説明すると、
「さよか、しかし、なんとまた遠いとこイ行ったもんやなあ」
「マラソンの選手でしたが……」
「ほんまかいな、しかし、可哀相に……。そいで、なにかいな。その娘はんちゅうのは子たちが……?」
 あるのかと訊かれて、またぽろりと出た。
「まあ、おまっしゃろ」
「まあ、おまっしゃろや、あれへんぜ。男の子オか」
「それがあんた、未だ生れてみんことにゃ……」
 新世界の寄席の前で客を降ろすと、他吉はそのまま引きかえさず、隣の寄席で働いている娘の初枝を呼びだした。
「お父つぁん[#底本では「お父っあん」となっている]なんぞ用か」
 出て来た初枝は姙娠していると、一眼で判るからだつきだった。
 他吉はあわてて眼をそらし、
「うん。ちょっと……」
 と、言いかけたが、あと口ごもって、
「――ちょっと〆さんの落語でもきかせてもらおか思てな……」
 寄ったん
前へ 次へ
全195ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング