細い声で、ぼそんと言った。
「仕様《しよう》むないこと言いな。お前みたな気イで冷やし飴売りに歩いてたら、飴が腐敗《くさ》ってしまう……」
言って、他吉はふと眼をひからせた。
「――それとも、よっぽど冷やし飴が売りたけりゃ、マニラへ行きなはれ」
「なんぜまた、マニラへ……?」
黙っている新太郎に代って、初枝がおどろいて訊くと、
「マニラは年中夏やさかい、モンゴ屋商売して、金時(氷)や冷やし飴売ってても、結構商売になる。大阪にいてては、お前、寒なったら、冷やし飴が売れるか」
「冬は甘酒売ったら、ええ」
初枝に肱を突かれて、新太郎が言うと、他吉は噛んだろかというような顔をした。
「情けないこと言う男やな。新太郎、よう聴きや、人間はお前、若い時はどこイなと、遠いとこイ出なあかんネやぜ。――お初はわいが預っててやるさかい、マニラへ行って、一旗あげて来い」
「…………」
二度焼け出されたようなものだと、新太郎が首垂れていると、
「行くか、行けへんか。どっちやねん? 返事せんか。行かんと言うネやったら、わいにも考えがある。お初を……」
「お父つぁん[#底本では「お父っあん」となっている]。何
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