分に於ては決して彼等|二三子《にさんし》には、劣らないが今では富岡先生すら何とかかんとか言っても矢張り自分よりか大津や高山を非常に優《まさ》った者のように思ってお梅|嬢《さん》に熨斗《のし》を附けようとする! 残念なことだと彼は恋の失望の外の言い難き恨を呑《の》まなければならぬこととなった。
 然し彼は資性篤実で又能く物に堪《た》え得る人物であったから、この苦悩の為めに校長の職務《つとめ》を怠るようなことは為《し》ない。平常《いつも》のように平気の顔で五六人の教師の上に立ち数《す》百の児童を導びいていたが、暗愁の影は何処《どこ》となく彼に伴うている。

        二

 富岡先生が突然上京してから一週間目のことであった、先生は梅子を伴うて帰国《かえ》って来た。校長細川は「今|帰国《かえ》ったから今夜遊びに来い」との老先生の手紙を読んだ時には思わず四辺《あたり》を見廻わした。
 自分勝手な空想を描きながら急いで往《い》ってみると、村長は最早《もう》座に居て酒が初まっていた。梅子は例の如く笑味《えみ》を含んで老父の酌をしている。
「ヤ細川! 突如《だしぬけ》に出発《たった》ので驚いたろう、何急に東京を娘に見せたくなってのう。十日ばかりも居る積じゃったが癪《しゃく》に触《さわ》ることばかりだったから三日居て出立《たっ》て了《しま》った。今も話しているところじゃが東京に居る故国《くに》の者は皆《みん》なだめだぞ、碌《ろく》な奴《やつ》は一匹も居《お》らんぞ!」
 校長は全然《まるで》何のことだか、煙に捲《ま》かれて了って言うべき言葉が出ない、ただ富岡先生と村長の顔を見比べているばかりである。村長は怪しげな微笑を口元に浮べている。
「エえまア聞いてくれこうだ、乃公《おれ》は娘を連れて井下|聞吉《ぶんきち》の所へも江藤三輔の所へも行った、エえ、故国《くに》からわざわざ乃公《おれ》が久しぶりに娘まで連れて行ったのだから何とか物の言い方も有ろうじゃア、それを何だ! 侯爵顔《こうしゃくづら》や伯爵顔を遠慮なくさらけ[#「さらけ」に傍点]出してその※[#「傲」の「にんべん」に代えて「りっしんべん」、第4水準2−12−67]慢無礼《ごうまんぶれい》な風たら無かった。乃公もグイと癪に触ったから半時も居らんでずんずん宿へ帰《もど》ってやった」と一杯|一呼吸《ひといき》に飲み干して校長に
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