引《たなび》くかと思うと、フトまたあちこち瞬《またた》く間雲切れがして、むりに押し分けたような雲間から澄みて怜悧《さか》し気《げ》にみえる人の眼のごとくに朗らかに晴れた蒼空《あおぞら》がのぞかれた。自分は座して、四顧して、そして耳を傾けていた。木の葉が頭上でかすかに戦《そよ》いだが、その音を聞いたばかりでも季節は知られた。それは春先する、おもしろそうな、笑うようなさざめきでもなく、夏のゆるやかなそよぎでもなく、永たらしい話し声でもなく、また末の秋のおどおどした、うそさぶそうなお饒舌《しゃべ》りでもなかったが、ただようやく聞取れるか聞取れぬほどのしめやかな私語《ささやき》の声であった。そよ吹く風は忍ぶように木末《こずえ》を伝ッた、照ると曇るとで雨にじめつく林の中のようすが間断なく移り変わッた、あるいはそこにありとある物すべて一時に微笑したように、隈《くま》なくあかみわたッて、さのみ繁《しげ》くもない樺《かば》のほそぼそとした幹《みき》は思いがけずも白絹めく、やさしい光沢《こうたく》を帯《お》び、地上に散り布《し》いた、細かな落ち葉はにわかに日に映じてまばゆきまでに金色を放ち、頭をかきむし
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